今日は30日。いよいよ晦日です。あ、12月はもともと晦日ってか。
雨です。
雨の実家の庭です。

この雨が、今年一年の諸々を流していくようです。
でも、明日の大晦日、明けて元日は晴れだそうですよ!
今年は特にいろんな方が亡くなられました。
僕がお仕事をさせて頂いた方でも、遠藤太津朗さん、大山克己さん、
山田吾一さん、松竹新喜劇の丘みどりさん。
そして、淡島千景先生が二月の十六日に亡くなりました。
あの日も雨でした。
三月の三越劇場の打ち合わせで地下鉄に乗っていると、
友人から電話が。「今テレビのテロップに……」
お加減の事は存じていました。でも、ショックでした。
同日夕方、演劇雑誌のテアトロさんから追悼文の依頼が来ました。
そこで、ようやく実感しました。
淡島先生は、僕にとって、演劇界における大恩人の一人です。
デビューのきっかけを作って下さった劇団NLTの創設者・女優の賀原夏子先生。
僕に脚本・演出を、懇切に教えて下さった文学座代表の演出家の戌井市郎先生。
そして、いつも最高の結果を僕にプレゼントして下さった淡島先生。
僕が脚本家として批評家から初めて評価を受けた平成5年三越劇場の
『花の茶碗』も、戌井先生演出、淡島先生主演でした。
淡島先生とはその『花の茶碗』から平成22年御園座の『梅咲きぬ』まで
十三本ご一緒しました。
ボクの西脇のこの実家にも来てくださいました。
本当にお綺麗で、お優しい方でした。
僕たち若い者が先生を気遣うと、「私はもう十分に生きたの。あなたたちは
若いんだから、私の事より自分のことを考えなさい」とおっしゃいました。
お会いするといつも「お父様、お母様、お元気?」と聞いて下さいました。
一度だけすごく叱られました。
僕が酔っぱらって転んで足をすりむき、翌日稽古場で皆に見せていたら、
稽古場の隅に呼ばれて、「あなたは将来がある大事な身体なんだから、
無茶しちゃダメ!」とお目玉を食らいました。
賀原先生、戌井先生、そして淡島先生。
一つの世界に飛び込んで、年を重ね、亀の歩みでも階段を一歩一歩登っていく
というのはこういうことなのでしょうか。
困った時、夜でも電話をして、教えを乞う方がいなくなっていく。
この世界でちゃんと生きていけば、当然、頼れる人がいなくなっていく。
だからこそ、毎日毎日、しっかりしなければ。日々勉強。知識と経験の抽斗を
うめていかなきゃ!
本気でそう思います。
今年の総括、第二位です。